鮎川誠 インタビュー 最新情報まとめ
"鮎川誠 インタビュー"に関する最新情報を集めてお届けしています。公式ツイッター@NowticeMで最新情報配信中。
"鮎川誠"の口コミを作品で絞り込む
一緒につぶやかれているキャスト・俳優情報
最新の口コミ・評価・レビューコメント
FM福岡で15年ほど音楽番組を作っていたのに、鮎川誠さんとシーナさんは、ご挨拶する事はあっても、インタビューでお話を聞く機会がついになかったんです。本当に残念です。
私の鮎川誠さんの思い出といえば、唯一このお話⬇︎
このインタビュー、末期サンハウスからシナロケ初期の詳細なインタビュー。よくぞ残しといてくれました。これを読めばRCとシナロケの人脈が物凄く近いことがわかる。シングルマン期のRCのメンバーは鮎川誠とミラクルメン周りだっあのだ。
映画館で見たよ
始まってすぐに少しトラブルがあって最初から上映し直したんだっけ
2008年かー
『ジャージの二人』堺雅人&鮎川誠 単独インタビュー @cinematodayより
去年の高知ライブということは、シナロケ47都道府県ツアーなら8/19。僕が鮎川誠さんに、幸宏さんについてインタビューしたのが8/4。まさにその時期に鮎川さんは、全国各地で「RADIO JUNK」を歌い、レスポールをかき鳴らしていたんですね。
鮎川誠サンが何かのインタビューでサンハウス結成前に《Sticky Fingers》を聴いていたって読んだ記憶があるので今日はストーンズからスタート!確か「You Gotta Move」のボルトネックにぞっこんだったのかな?
You Gotta Move
画像をもっと見る:
鮎川誠
【鮎川誠さん&シーナさん】
このインタビューは高円寺のタイ料理店バーンイサーンで行いました。シーナさんが旅をしたバンコクの話がとても貴重です。約20年前のお話ですが、改めてタイ関係の皆者に読んでいただきたいと思います。
画像をもっと見る:
鮎川誠
鮎川誠さんにインタビューしたのは3回。どんなときも紳士で、受け答えの言語感覚がすばらしかった。博多弁を荒っぽさではなくエレガントに使いこなす詩人だった。最後になったインタビューは、おととし秋に放送された磔磔のドキュメンタリーに使われた。言葉を交わしたことが一生の誇りに思えるひと。
画像をもっと見る:
鮎川誠
なにかの雑誌の対談かインタビューで
やってた店Deepをつかうことになって
旧花街の路地の向こうからやってきた鮎川誠は
たったひとりいつもの革ジャン姿
着こなし身のこなし、オーラ、
すべてがロックだった
強烈に目に焼き付いてときどき思い出してた
残念
合掌
おなじみのカウントダウンからBATMANのテーマ、最高のナンバー、イカすMC、インタビューは心からロックを愛するロックスター、ロックそのもの。ラストは WHAT A WONDERFUL WORLD、そう二人は幸せだったんだ。でもあまりにも早すぎる。残された娘さん方の悲しみはいかばかりか。いかんよ。。R.I.P鮎川誠
動画でのインタビューだったか紙面だったか忘れたけど鮎川誠さん結構キッチリメンテしてもらってるみたいで、弾いてる時は変化に気づかないけどメンテに出して戻ったら、こんなにも違ってたのか!ってギターあるあるな話とかしてた気が。R.I.P.
以前の放送でEテレのスイッチインタビューで柄本明と鮎川誠の対談があった。下北沢に根付くお二人の下北沢での対談は今でも残してある。もう一生消せないな。R.I.P
⑪鮎川誠さんをAERAの表紙にお招きしたときには、肖像写真家の坂田栄一郎さんが撮影された。私はインタビューと、スタジオ手配そのほか段取り担当だった。
それから21年後、自分が撮影者になって鮎川さんの写真を撮れる立場になるとは夢にも思わかなった。
鮎川誠さんのインタビュー アーカイブ
【昭和ロックを語る時が来た】鮎川誠 まさかのYMOと運命の出会い
ダイアモンド・ユカイが鮎川誠に、シナロケの結成とYMOとの出会いについて尋ねるインタビュー。博多弁のニュアンスが発言に残されている。
ぼくの話も聞いてくれて、インタビューで気持ちがよかったっちゅうのは、ウィルコ・ジョンソンとイギー・ポップとパティ・スミスとこのレニイ・ケイ。みんな年もぼくより1個上で、その3人とはほんと特別な出会いの後の、ぼくが慕っていく気持ちが続いている。
(鮎川誠)
画像をもっと見る:
鮎川誠
俳優としての鮎川誠氏。
この映画の、いっちば〜んオイシいところをおひとりで持っていってらして最高でした🌟
人気ゲームを成宮寛貴主演で映画化した『逆転裁判』 三池崇史監督インタビュー - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB
鮎川誠さんの訃報を聞き、今夜Eテレで細野さんのインタビューを観ています。
この時代の偉大な方々、何か因縁めいた事柄があるのかも
これ、再放送してほしいな。お二人とも下北沢在住か。
藤田元司監督が飲み歩いているのをみたことあるけど、鮎川誠氏はないな。
「柄本明×鮎川誠」 NHK『SWITCHインタビュー 達人達』8月20日再放送 - amass @amass_jpより
シーナが亡くなった後、鮎川誠さんは何かのインタビューで、最愛の伴侶を失った辛さを吐露していた。「シーナが僕を踊らせてくれていた」という言い方だったろうか…シーナがあったからこそ自分があった、ということなんだろう。さようなら鮎川さん、本当に色々な思い出と素晴らしい曲をありがとう。
鮎川誠のインタビューでいつも語られること。レスポールカスタム、アン直、フルテン。
鮎川誠さんを一度だけインタビューしたことがあって、それはロック雑誌ではなく、パソコン雑誌の取材だった。その時に僕は「MP3」というものを鮎川さんから初めて知らされた。「これやったら、ノートパソコンに何百曲も入れられるけん、パーティーなんかの時は最高よ」。優しくてカッコいい人でした。
”柴山「菊」俊之”インタビュー後編 @YouTubeより
菊(柴山俊之)はやっぱ凄えや‼️
博多の偉人だね!
鮎川誠さんが亡くなったニュースを聞いてどう思ったろう…
きっと今夜は泣きながら酒を飲んでるんだろうなぁ…
鮎川誠さんと言えば、キングジョー氏がインタビューで鮎川さんにソニックスを聴かせたら、一言「喉が強いね」って言ったっていうエピソードが好き。
鮎川誠さん…。
鮎川さんは基本アンプ直結でエフェクターとか使わない人だった。
音色をいじろうとか思わないんですか?みたいなインタビューに対して
「いいストレートが投げられるんやったら変化球はいらんのやないですか?」
って答えが忘れられない。
(写真は墓場まで持って行きたいアルバム)
画像をもっと見る:
鮎川誠
鮎川誠さんもお亡くなりになったか。特別彼やバンドのファンではなかったけれど、ギター雑誌で読んだ彼のインタビュー記事は、いち音楽ファン・ギターファンの私に大いに示唆的な内容だったことをよく覚えています。合掌。
鮎川誠氏、九州大学卒業のインテリロッカーだったから、たまに音楽雑誌なんかでロングインタビュー受けるとロックをキチンと言語化しながら答えていて、興味深い話しがたくさん出てくるイメージだった。
鮎川誠さんの音楽好きとしての側面も好きだった。「ペブルスの真髄」という編集盤の選曲をしたり、KING JOE氏の本でガレージパンクについて長いインタビューを受けたり。本当にそういう音楽が好きなんだなというのがひしひしと伝わってきた…。
画像をもっと見る:
鮎川誠
鮎川誠。
スイッチインタビューでは元気そうだったのに。。
鮎川誠、数年前に5chでロングインタビュー受けてましたね、録画を観返そう
福岡で中高過ごした自分くらいの年齢は、シーナ&ロケッツやルースターズには特別な思いがある。鮎川誠が雑誌のインタビューでストーンズの事を『ストーンズのメンツはロックに入ってる、それが凄い』と言ってた。入ってる、ってなんだろう、とか思っていたけど、鮎川さん、あなたこそ入ってたと思う。
鮎川誠と言えば、バンドとして成功するためシーナと双子の娘さんを福岡に置いて上京。
しばらくして、シーナが娘さん達をご両親に託して「まこちゃん、来たよ」って追っかけて行った。
その時のことを何かのインタビューで「あん時はうれしかったねー」ってニコニコしながら話してたの思い出す。
【追悼・再掲】鮎川誠インタビュー
ロックンロールを愛し続けた家族の35年間(2014年7月23日公開記事)
むかし学園祭に来てくれた鮎川誠さんにインタビューしたことがあるんだけど、博多弁がとても格好良くて、シビれた。んで、インタビュー受けながらフェンダーで金縁の黒いレスポールをピカピカに磨いていて、この人は心底ギター好きなんだな、と思ったよ。
@WORLDJAPAN こんばんは。豪さんは鮎川誠さん、インタビューした事ありますか?インタビュー済なら印象的だった事、聞きたいです。
そういえば、ちょっと前に財津和夫さんと鮎川誠さんの異色対談みたいなのをどこかで読んだな、と思っていたら、私の「妄想的」勘違いで、福岡音楽都市協議会(任意団体だけど福岡市が関与しているようです)がお二人に個別にインタビューしていたものでした。鮎川さんの後編を読みたかったです。R.I.P.
音楽どうこうよりも鮎川誠のインタビューでの鮎川弁の語り口が好きだった
まだギターを始めたばかりの頃にギターマガジンで読んだ鮎川誠さんのインタビューが印象的だった。塗装が剥げた黒いレスポールを爆音で鳴らす姿がかっこよかった。
鮎川誠さん、亡くなったのか…
先に幸宏さんも逝ってしまったし、本当に残念です。
このインタビュー、なかなか興味深いのでよければ是非。
R.I.P.
@YouTube
鮎川誠さんは、どのインタビューを読んでも、自分の言葉でズバリとピタリと芯を食った誠実な回答をされていて、こんなに頭が良くてカッコイイ人がいるんだと、いつも感動しっぱなしだったな。そして、行動にもまったく嘘がなかった。ロックンロール。
鮎川誠さん🎸
も召されてしまいました。
「真空パック」はYMO主体の作品だったのはずっこけたけど、メンバーは楽しんだみたい。
レモンティー🫖🍋はサンハウスのよりHな感じが好きです🙋♀️
インタビュー記事はいつも内容良かったな、と思い出す。
Good bye🎸
画像をもっと見る:
鮎川誠
2013年1月の日記
雑誌の名前は忘れてしまったけど、日本のミュージシャンや芸能人のインタビューやコメントを集めたものがあって、一番好きなビートルズは?だったか、ジョン・レノンは?だったかの問いに、佐野元春は"Not A Second Time"、鮎川誠は"Yer Blues"と応えていた
シーナが亡くなった時は You May Dream を聴いて泣いたけど、鮎川さんは Radio Junk がすごく泣ける
ゴリゴリの「ロック」だった鮎川誠が細野晴臣プロデュースの真空パックでシンセサイザーを使うのが「楽しい」って言ってたインタビューが印象的だった
最高にかっこいいギタリストでした。ありがとう
映画『ジャージの二人』は、劇場用パンフレットに寄稿したり、DVDの映像特典で中村義洋監督にインタビューするなど、思い入れの深い作品です。
鮎川誠さんがジョン・レノンについて語るくだりが映画にはあって、そこが作品の軸であったし、レビウでもそこに言及しました。
DVD、久しぶりに観ようかな。
趣味というか思春期の頃は友達やそのお兄さんそして先輩に教わったね、音楽なんてまさにそう、ビートルズやストーンズ、あとは雑誌の鮎川誠のインタビュー、何故か鮎川誠から学んだことも多い。あとビートルズやストーンズからチャックベリーとかボディドリーとかあとバディホリーとかも。
今寝た方がいいんだろうけど
寝れないんだわ。
チョコレートウォッチバンドて、たしか
鮎川誠さんのラジオで知ったんやったっけな。
ネットが普及してなかった時代での
「好きな音楽探し」は、
好きなアーティストのラジオか雑誌のインタビューからだったよね😌
お待たせしました‼️
鮎川誠さんに福岡時代の話を中心にロングインタビューを敢行しました。なかなかのボリュームですが、ロッカーとして地元を愛し重んじる姿勢に心が震えました。必読です!そしてまだこれはほんの序章に過ぎないという😆
















































