どうする家康×12話 最新情報まとめ
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【どうする家康】第12話 「氏真」 氏真は掛川城(静岡県)に篭城した。 半年に渡る戦いとなった。 今川は当時、小田原の北条と同盟関係にあった。(氏真の妻は北条家の娘) 元々は武田氏とも同盟関係にあったが、武田氏は同盟を破った。 最後は家康と和睦となり、北条家に身を寄せて命は助かった。
@kamakura_koten去年の『どうする家康』をDVDで観返すと、その素晴らしさをひしひしと感じます。早くも第5話が瀬名奪還作戦で本多正信と服部半蔵が、6話で女大鼠が登場します。史実とはぜんぜん違うかもしれませんが、ドラマとしては抜群に面白い。素晴らしい脚本です。今年のは12話になっても「ふーん」という感じ。
読了。大河ドラマ "どうする家康" の放送台本を元に小説化した書籍1巻目。家康の幼少期~今川氏真との対決迄の第1~12話が収録。毎週欠かさずドラマ鑑賞していた事もあり、ドラマの映像演出を回想しながら読み楽しむ事ができた📖😀古沢良太, 木俣冬 著『どうする家康 一 (1)』amzn.to/3toHl90
どうする家康は1話録画が欠損(何故か12話が録画されていない)しているのでコレクションは断念。ま、何年後かに再放送あるだろう。
第1クール(~12話)で起きたありとあらゆる事件…それこそ側室オーデや団子屋ですたを第2クール(13~25話)で絡めてきたのに、唯一回収していなかったのが瀬名と両親の会話(人質事件)だったけど、これを最後の最後で回収することで本当の意味で「前半」が終わったのだなと感じる。
#どうする家康
・NHKみんなの手話
・ザ少年倶楽部
・陸・海・空 絶景ぜんぶ見せます!世界自然遺産
・サンドどっちマンツアーズ
・ダーウィンが来た!
・どうする家康
・サンデースポーツ
・第12話 藤子・F・不二雄 SF短編ドラマ
→
どうする家康第12話を見返している……。今川にいて氏真と蹴鞠をしていたときの殿が一番可愛いと思うの……そして氏真様も心から幸せそうなの……在りし日の平和な日常……😭
「どうする家康」第12話観た。
こんなに氏真に感情移入すると思ってなかった。優秀な弟がいると、長子は闇落ちするのはテンプレなのか。
糸ちゃんが氏真のことを信じてくれていて本当によかった。
矢楯は氏真が心を閉じていた表現だったのかな。
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どうする家康
こんにちは。GWは種を撒くための場所と土作りをします。本日お届けするのは #NHK大河 #ドラマどうする家康 第12話氏真のロケ地巡り感想コラムです⇒ #刈谷市 #掛川市 #掛川城 どんどん本編から遅れを取るコラムですが、楽しんでいただけましたら幸いです。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
信長が上洛を求めたのは三河の徳川家康、伊勢の北畠具教、飛騨の姉小路嗣頼、その他諸国の諸侯も。信長は「宮中の修理や武家(将軍)の御用、その他、天下静謐のため、2月中旬に上洛するので、各々も、遅れることなく、上洛するように」と命令。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
(続き)⑤「将軍は、天下静謐や、朝廷のことを、油断なく、務めれば良い」との内容であった。天下とは「五畿内(山城・大和・河内・和泉・摂津国)」の事である(徳富氏所蔵文書)。
同日1月23日、徳川家康は織田信長から上洛を命じられた。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
③「将軍家に対し、忠節ある者に、恩賞・褒美を与えたくても、領地などがない場合は、信長の領地からでも与えても良い」、④「天下のことは、全て信長に任せられたのだから、誰であっても、上意を聞くには及ばない。信長の考えで成敗する」、
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄13年(1570)、正月23日、信長は将軍・義昭に「五ヶ条の条書」を認めさせた。①「諸国へ将軍の御内書を送る際は、信長に仰せ聞かせられ、信長の書状も添えること」、②「これまでの義昭のご下知は、全て、破棄すること。(略)
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄13年(1570)、1月、武田勝頼らが花沢城を攻め落とし、清水袋城を築城。 結果、海に面した地域を手に入れたので、武田水軍を編成。武田信玄が徳一色城を攻め落とし、馬場信春は改修工事。田中城に改名。武田家家臣山県昌景が入城。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄12年(1569)8月20日、織田信長は伊勢の北畠具教を攻撃。具教の弟木造具政が織田氏に寝返るなど、次々と落城。大河内城の戦い後、具教は降伏の条件として信長の次男・茶筅丸(織田信雄)を具房の養嗣子として迎え入れることとなった。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
家康は元今川家臣に所領安堵状・宛行状を発給した(『徳川家康文書の研究』)。5月17日、今川氏真は家康に懸川城を明け渡した。石川家成が城代になった(『家忠日記増補』等)★TVでは石川数正が」描かれているがであるが、間違いだろうな?)
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄12年(1569)2月2日、信長は二条御所の造営を開始する(『言継卿記』)。「きちんとした将軍御所がないと不都合だ」という信長の発案で二条にあった古い屋敷を改築(『信長公記』)。ロイス・フロイスが工事の陣頭指揮をしていた信長にあった。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄12年(1569)1月14日に、信長は「殿中御掟」と呼ばれる掟5カ条を将軍・義昭に突きつけた(『仁和寺文書』)。将軍としての義昭の権力の範囲を限定的にすることを明示した。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
井伊谷城の井伊谷三人衆を味方にし先陣として引間城を攻撃。12月23日、武田信玄は家康に書状を送った(『陽雲寺文書写』)。家康は一旦三河に戻った。永禄12年(1569)1月早々、家康は遠江に侵攻し、堀川城で大量虐殺、堀江城大沢基胤を味方に。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄11年(1568)11月、関白近衛前久が出奔(『公卿補任』)。 12月6日、武田信玄は甲府を出発し、駿河に侵攻。信玄と家康は大井川を境に今川領の分配の約束(『家忠日記増補』)。家康は三ヶ日の佐久の浜名氏が味方にならなかったので奧三河へ。
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どうする家康
■ブー爺『どうする家康』第12話「史実編続き」
永禄11年(1568)9月26日、織田信長が足利義昭を奉じて入京(『言継卿記』)。10月18日に義昭は将軍宣下を受け、十五代将軍に就任(『言継卿記』・『公卿補任』・『多聞院日記』等)。10月28日には、信長は岐阜に帰った(『信長公記』)。
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どうする家康
室町幕府最後の将軍、権大納言足利義昭公。
義昭公に対する大衆の評価は「麒麟がくる」でかなり改善されたと思うのですが、この度の「どうする家康」で相殺されてしまった感が...
第12話の「氏真」が素晴らしい出来だっただけに、室町幕府クラスターである私にとって、この義昭像は何とも残念です。
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第12回「氏真」
『どうする家康』第12話の感想です。
今川氏真の苦悩とその解消が描かれましたね。全ては桶狭間の敗戦と混乱で拗れてしまったのか…。
戦国大名を降りた氏真から戦国大名になった家康へのエールは、何重もの意味で重いなぁ。
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どうする家康
『どうする家康』 第12話「氏真」 感想|成瀬りょう✇ @5storm_13riders
今作の家康と氏真が、なんとなく『NARUTO』のナルトとサスケっぽいなと思ったり。
大河どうする家康1話から12話までとても楽しく観ています。毎回次回が待ち遠しい状況です。さらにテレビを観ながら想像したり考えさせられたりで毎回すくなくとも5回はリピします。久々に夢中になれるドラマです☺️
そして待ちに待った今日‼️
今からワクワクさせてもらってます😁ありがとー😉
松潤家康
静岡まつりの大御所花見行列を見てきました🌸
今川氏真様をこんなに近くで見れるとは✨
すごくイケメンさんでした♡
どうする家康第12話を見た後なのでグッとくるものが…😭💜
大河ドラマ館の書きたてホヤホヤのサインも💕
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どうする家康
母とどうする家康12話の再放送。溝端淳平さんの今川氏真が好きで〜あの何もかもうまくいかなくて病んでいく感じの表情がツボにくるというか…🙏
でも一応氏真の件は落ち着いたから次回からは出てこないんだろうなぁ~寂しい…💧
第12話感想を投稿しました。私にしては珍しく、早く書き上げられたのは、端折った部分が多かったからです(^^;ほぼ氏真のことばかり…
「どうする家康」第12話感想|ふうき あり
今日は木曜日
毎日どうする家康第12話を観ているんだが、
初日は家康の気持ちで
その次は氏真の気持ちで
今日は糸の気持ちで観ていたら、
苦しくて
嬉しくて
不思議な涙が出た。
私は「どうする家康」を最高に楽しめていると思う。
氏真回を何度も見たり過去話を見て没頭してる間に、週後半でした💦
☆どうする家康 第12話の感想
☆どうする家康大河たびの全国放送のお願い
をメールしてきました
声が届くといいな☺️
ちるちるみるく / 1件のコメント “家康と氏真の戦い〜その結末を見届けよ:「どうする家康」第12話〜画像付きでネタバレ” (4 users)
■ブー爺TV『どうする家康』第12話補足「徳川家康と今川氏真」
永禄12年(1569)5月15日家康と氏真が和睦。17日氏真は朝比奈の懸川城を開城。★今川氏滅亡。石川家成が入城。(『松平記』・『譜牒余禄』・『武徳編年集成』等)。18日今川氏真は蒲原、19日伊豆戸倉、義父北条氏康の元へ。
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どうする家康
■ブー爺TV『どうする家康』第12話補足「徳川家康と大沢基胤」
永禄12年(1569)4月4日、基胤堀江城内の実情と今後の下知をあおぐために掛川城へ使者を(『徳川家康文書の研究』134頁)が、音沙汰はない。4月12日、大沢基胤は和議受け入れを決断(『徳川家康文書の研究』129・136頁)。
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どうする家康
■ブー爺TV『どうする家康』第12話補足「どうする基胤」
葬儀の為、龍潭寺から南渓和尚が訪れ法要を。付き添いが次郎法師(井伊直虎)(伝)。
4月、家康は渡辺成忠を和議の使者として堀江城へ派遣。旧領安堵の起請文を携えての交渉で。大沢基胤は迷った。掛川城は徳川勢の包囲下に。
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どうする家康
■ブー爺TV『どうする家康』第12話補足「徳川家康の堀川城攻め」堀川城における戦闘は一日の戦いで落城(『徳川御実記』)。城に籠った老若男女二千人のうち千人がなで斬りにされた(伝)。逃げ戻った兵の報せで堀川城の悲劇を聞いた基胤は徳川勢の非道ぶりに憤慨した。
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どうする家康




























