唐十郎 画像 最新情報まとめ
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→③本当に凄いものを見た。改めて唐十郎は天才だったと思い知る。同時に本当に良い役者の身体は、無条件で観客に伝えるべきものを伝えるのだとも実感。 もう、この作品の元ネタ事件や劇中歌を知る人も少なくなっただろうが、そんなもの全く知らなくても唐作品の魅力は十分に伝わると信じたい。
新宿梁山泊による「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」花園神社公演のテントが建ちました。 大鶴義丹による父唐十郎の追悼舞台で、豪華メンバー出演もありチケットはすぐに完売。 今日は稽古日で半ズボン姿の松田洋治や、坊主頭の六平直政がいる。 テントの中でメイクしているのは寺島しのぶか。
劇団唐組公演『泥人魚』はじつに充実した芝居だった。はねたあと、舞台上の武力(ブリキ)店の装置に見入る。唐十郎に献杯をしてから、劇団員のつくる御馳走をいただく。久保井研、藤井由紀、大鶴美仁音と話せてよかった。満足して、東京からの二人のほか、台湾、四国からの若い友人たちと帰った。★
大島新監督「シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録」(2007)見た 虚実混ざったドキュメンタリー映画。パンフレットを別に入手して見たけどよかった。唐十郎だけずっと唐十郎だった、と特典映像の中で言われてたけど、この人はすげえな、とんでもねえなと思う
唐十郎忌月の先日は、巖谷國士さん宅に追悼インタビューへ。充実した内容で、小誌『ミて』に2回に分けて掲載予定。拙著『唐十郎のせりふ』帯文、出版記念トーク(『現代詩手帖』2022年7月号掲載)でも力添えを頂いたが、普遍的なアートの文脈で唐さんを位置付けられるのは、巖谷さんしかいないだろう。
氏神さま🙏花園神社⛩️ 今月、他界されたばかりの、唐十郎さんの、赤テント⛺️舞台も無事に終わり、大変そうな後片付けをされてます、、、ご苦労様です!しか言えませんね💦 土日にお祭りも終わった後なので、祭りの後の静けさを、感じます🥺 お参り・ご挨拶して帰ろう😆 ⛩️今のところ、いい陽気です✨
今回は触れる作品もあり。空缶は想像以上に重たくてビックリ 最後の部屋は圧巻でした。なんとも言えない重厚な空気を感じてしまった。使用済みの窯の耐火煉瓦に100年分の新聞記事を焼き付けた。ついつい読み込んでしまう。文字が時々裏表逆になっているのは何か訳がありそう。あ、唐十郎だ。
夜の水面は美しい。これも唐十郎に捧げたい。昨年9月の★講演記録「結晶のふるさと 瀧口修造と富山」が載るのは、地元の瀧口修造研究誌「橄欖・富山」第7号。瀧口修造の命日にあたる7月1日に刊行されるという。そして6月30日(日)には富山大学で、続篇の講演をすることになりそうだ。★
清川虹子自伝『恋して泣いて芝居して』読了。彼女を悩ませた頬の傷の事。『八月十五夜の茶屋』で共演したマーロン・ブランドに熱烈に求愛されたこと。伴淳のこと。代表作『女俠一代』の事。客演した唐十郎赤テント『蛇姫様 我が心の奈蛇』のこと。今村昌平の映画。江利チエミへの愛情。喜劇女優一代!
舞台を観に行ってスタトロの人達以外で演技ウマって思った俳優さんは 血は立ったまま眠っているの窪塚洋介さん 金閣寺の高岡蒼佑さん 佐倉義民傳の十八代目勘三郎さん 紅テントの唐十郎さん 私の趣味なんだろうけど、みんな個性強いというか、アウトローな人達🌈 また観たいけど逢えない方もいて寂しい
前日亡くなられた唐十郎が、1983年のアサヒカメラ増刊「都市を視る」に記事を寄稿してたと思い出し読み返したが、他の作家や文化人の記事では、カメラ雑誌というのもあり何らかの写真が使われていたのに対し、唐氏だけはひたすらつげ義春の作品に触れて記事中の写真は皆無、と異彩を放っていたなあ。
【追悼 唐十郎さん】 アンダーグラウンド演劇の旗手として絶大な人気を誇り、数多くの独創的な舞台を作り上げた劇作家で演出家、廃油の唐十郎さんが逝去されましました。小説家としても活躍され、1982年「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
唐十郎さんとの思い出。私の父は、はるか若い頃役者を目指してて、そのせいかよく舞台を見に行きました。けど唐さんのは見てない。昔 高円寺の商店街で、すんごい遠くから私を睨んでくる自転車に乗ったおじさんがいて、絶対誰かと間違えてる!それが唐十郎さんでした。ご冥福をお祈りします。
劇作家の唐十郎さんが一昨日、84歳で逝去されました。心より哀悼の意を表します。 SPACでは芸術総監督・宮城聰の演出で、『ふたりの女』(09年初演、15・19・22年再演)、『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』(21年)をいずれも静岡県舞台芸術公園の野外劇場「有度」の空間にて上演しました。
大鶴義丹さんの父親でもある唐十郎さんが84歳で亡くなりました 写真は円谷プロ『恐怖劇場アンバランス』の第4話「仮面の墓場」より ※1969年製作で放送は1973年。
唐十郎さんの訃報を聞き若い頃多大な影響を受け演劇やら映画やらの道に踏み込み結果就職とか一切無くて古道具屋となった身としてはなんだかとても感慨深いものがあるのです。古道具屋から舞台美術の依頼等も受けるようになり大久保鷹さんから不忍池での公演の話を聞かされここであのお芝居がと。。
1968年、東野芳明は唐十郎を『展望』でインタビュー、「EXPOSE |1968《なにかいってくれ いま さがす》」で共演。「唐十郎とぼくの38日 テント騒動から、クロス・トークまで」(森真一の写真「状況劇場の新宿西口広場での公演」、『SD』52巻、1969年3月)ではSPACE CAPSUELと阿佐ヶ谷に唐を訪ねる。
状況劇場他アングラ演劇が激っていた世代ではない私ですが…凄く劇的で美しい詩情溢れている唐十郎作品が大好きです。東京倶楽部さんで『秘密の花園』に出演させてもらったのは夢のような経験です。 ご冥福をお祈り致します。 勝手ながら寺山さんと同じ命日というのも何か演劇の結を感じてしまいます。
唐十郎氏が亡くなった。思い入れのある劇作家だ。学生時代、卒論のテーマに選んだのが、彼の作品群だった。その頃に買った全集と参考図書が何冊か、まだ本棚に並んでいる。
2011年舞台終了後の打ち上げで、撮らせて頂いた唐十郎さんファミリー写真。唐さん、美仁音さん、義丹さん、佐助君。 初めて観たのは77年の『蛇姫様』。 そこから50年近くに渡り、たくさんの興奮と感動を頂きました。 ご逝去本当に残念です。 ご冥福をお祈り致します。
2024.5.4 唐十郎さんが逝去。 まさか寺山修司さんと同じ日だとは思わなかった。これからも作品の中であなたは生き続ける。 安らかにお眠りください。合掌🙏
唐十郎さんが亡くなってしまったのね。唐組、観劇した中ではかなり上位に来るものでした。舞台美術と演出、アングラ演劇ならではのコンプラなさそうな台詞回しが気持ちよかった
商業に進出して総スカンを喰らった蜷川幸雄氏に『唐版滝の白糸』の演出を依頼したのが唐十郎氏でそういうところから唐十郎という人間の心根を分かるような気がする。その後唐×蜷川で自身のドラマに蜷川的スペクタクルを合わせることで数多の伝説を生み出したんだから先見性もあったように思える。
なぜかその名前すらすっかり忘れていた唐十郎の話を阿佐ヶ谷の飲み屋で隣に座った自称映画監督としたのが四日程前で、一度唐組のお芝居観に行きたいな行ってみようとなっていたところ、一昨日急逝したそうで、その短い時間差にほんの少しの間、泥人形のように立ち尽くしてしまった。
日本演劇界のアバンギャルド先駆者、唐十郎さんのご逝去を心よりお悼み申し上げます🙏 唐氏の状況劇場と寺山修司氏の天井桟敷、互いに激しく切磋琢磨しながらアングラ演劇を創り上げて行った日々を当時体験出来た世代を羨ましく思います。。 後世に遺る素晴らしい作品群に敬意を表します。
唐十郎さんの台詞の下町言葉の響きが好で、ずっと以前に、戯曲をまとめないのかと尋ねたとき、"誰かがまとめてくれればいいですけれどね"的にやんわりかわされましたが、それがまた本の中に収まらない、テントや舞台の上に生きる唐さんのお芝居や矜持を言い得ているようにも感じたのでした。
唐十郎墜つ。 奇しくも寺山修司と同じ5/4に 終ぞ氏の演劇に生で触れる事こそなかったが著作や評伝インタビュー等には10代の頃より以後折に触れ目を通しその作品自体にではなく氏のパーソナリティ/バイタリティに対し詳らかではない畏敬の念を少々抱いていたように思う。 ともあれ安らかに。
【ケソ日記 5/5(日)】 中学で農村演劇をやっていた自分が高校に入ったらいきなりアングラに。最初が寺山修司の「狂人教育」そして「24時53分塔の下行きは竹早町の駄菓子の前で待っている」「腰巻お仙」と唐十郎作品が続く。ちょうどちあきさんのオイデオイデの頃(農村演劇の頃は船村演歌!)、不思議に
状況劇場 新宿中央公園にて強行突破的に公演 唐十郎さんが自衛官に扮して舞台に立つ中、テントの外では機動隊が…! 抗う時代の記録。 そして今まさに抗わないといけないのではという位、国民が不利な状況になっていることにも多くの人達が目を向けてほしい
ちょうどラピュタ阿佐ヶ谷で映画「銭ゲバ」を観た翌日に、高円寺北でチャリに乗っていた唐十郎。お孫さんもいたのに気さくに話をしていてただいた。握手していただいたらあまりにもガッチリとゴッツイ手だったのが印象深い。ゆっくり休んでください。
唐十郎の監督作は 『任侠外伝玄海灘』だけなのか? 今の映倫では表現してはいけない事が全て詰まってる、R指定第一号作品らしい、今じゃ絶対に作れないな🤔 マイノリティーの人々の 怨念や情念が叫びとなった映画 唐さんのご冥福をお祈りします
唐十郎さんが逝かれたんだ 合掌 演劇のことなんか、何も知らず でも興味があって、本屋の演劇コーナーで、立ち読みしていた学生の頃、 紅テント公演は、不思議な憧れだった 「黄金の日々」に李麗仙さんと競演されてて、なんてカッコいい御夫婦だろうと思った 再放送されたの、消せずに残してる
それから「恋人たち」の道太郎。ドラマを先に見たのかドラマの頃にはすでに立原正秋の小説にハマっていたのか時系列は思い出せない。立原正秋を教えてくれたのは唐十郎を教えてくれた同級生の高橋君だった。売ってる文庫本は全部読んだ。
唐十郎さんのご冥福を心からお祈りします 大鶴佐助君と共に、撮って頂きました写真は宝物 舞台・盲導犬 作品の、底のない海の闇奥に溺れ 3作品目となる、蜷川先生に言われた 日本一グロテスクな女優目指せ、の言葉と 宮沢りえちゃんからの、芝居のアプローチ話が 私の、生きる力となった大事な財産
唐十郎といえば、円谷プロ『恐怖劇場アンバランス』第4話『仮面の墓場』(監督:山際永三 脚本:市川森一)で『きまぐれオレンジ☆ロード』の鶴ひろみと共演。唐十郎は鶴ひろみに誘われて迷宮に迷い込んでいた。共演者は緑魔子、三谷昇、橋爪功ほか。
安田くんが出演した舞台「少女都市からの呼び声」をきっかけで、初めて本を手にして、知ることができた唐十郎さんの世界。今年は見れなかったけど訪れたテント公演の聖地…新たな言葉で答えのない魅力を知る術かないのが寂しい。 心よりお悔やみ申し上げます。
唐十郎さん、お空へ⭐ みゆきさんは、唐さんのドラマや映画に曲を提供しました ■ドラマ 【匂いガラス】 【安寿子の靴】 【雨月の使者】 ■映画 【ガラスの使徒(つかい)】 みゆきさんの【孤独の肖像1st.】が使われ、みゆきさん、御本人も【歌占い師】の役で出演しました
『恐怖劇場アンバランス』 第4話「仮面の墓場」 脚本:市川森一/監督:山際永三 犬尾を演じた唐十郎氏が亡くなった。本話の良さを再認識をしたのは、つい最近。DVDのインタビューを聞いてから。思い悩んでいた時期に挑んだ力作と身体を張って、世に残された。解釈難しいが、今となっては考え深い。
RIP唐十郎氏 映画だとこの2本が忘れられません。 『銭ゲバ』『任侠外伝玄界灘』
唐十郎さん死去 1973年2月8日後楽園ホール 唐十郎状況劇場劇中歌リサイタル「四角いジャングルで唄う」自主制作盤 小室等バンド演奏バックに怪優が歌う 妖しく幻惑させる唐十郎の歌唱が凄い 荒唐無稽な浪漫幻想世界に導く舞台を収めた伝説のLIVE 合田佐和子のスケッチ含め感動感謝 R.I.P.合掌
『恐怖劇場アンバランス』 第4話「仮面の墓場」 脚本:市川森一/監督:山際永三 ゲスト:唐十郎 弱小劇団から這い上がるのを夢見る男・犬尾。次の作品の準備で、心血注いでいた。稽古中、団員の白浜が足を踏み外して転落死。彼の死体を焼却炉に入れて隠蔽。以来、団員たちの周りで怪奇現象が起こる。
追悼ー唐十郎 映画からしか息吹は感じられなかったが、強烈さは間違いなく感じた 「犯された白衣」(若松孝二) 「新宿泥棒日記」(大島渚) (唐十郎の歌が耳から離れない) の2本しかみたことない。 ドラマやコメントはテレビで見ていた。 ご冥福お祈り致します。
唐十郎死去。初めて状況劇場公演を見たのは1983年。ライバルの寺山修司が亡くなって、舞台上で唐がそれに言及していた(奇しくも同じ5月4日)。あれから40年。早く死んだ寺山と、脳挫傷で活動もままならない状態で84まで生きた唐と、どちらが幸福だったか。(続
下谷万年物語 初めて舞台というお芝居をにっしーが出るからと見に行った思い出。文ちゃん役とっても懐かしいなー。本当に素晴らしい舞台でした。 唐十郎さん、安らかに。蜷川さんとも会えてるといいな。 御冥福をお祈りいたします。
唐十郎さん死去、84歳…「泥人魚」「ベンガルの虎」アングラ小劇場運動を先導 : 読売新聞オンライン yomiuri.co.jp/culture/stage/… (=-ω-) ご冥福をお祈りしつつ、追悼映画で「銭ゲバ」が行なわれますように。
松本俊夫「修羅」カツオ怒りのデスロード! が、単調な復讐劇で終わらせぬ巧い脚本。身代わりロープ縛りとか泣くわ…。ずっと見てられる嘉葎雄の顔芸、役者として超絶花ある唐十郎、妖艶な三条泰子。ヴィタリナかよと思った陰影と構図。とにかく撮影が素晴らしい。もう新作とか観たくなくなるな…。