坂田藤十郎 舞台/ミュージカル 最新情報まとめ
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一緒につぶやかれているキャスト・俳優情報
最新の口コミ・評価・レビューコメント
MOVIX「シネマ歌舞伎 曽根崎心中」お初を生涯1401回演じた坂田藤十郎が美しく愛らしくりりしい✨️ 徳兵衛は藤十郎の父二代目中村鴈治郎から受け継いだ藤十郎の長男四代目中村鴈治郎という血の系譜。2009年ラブストーリーの名舞台がこうして映画として後世に残っていくことは喜ばしく意義深い👏
初代坂田藤十郎の追悼公演。 虎之介さん演じる、落ちぶれながらも品のある優男(上方の代表役らしい)に、壱太郎さん演じる、いかにも上品な儚き遊女、夕霧の踊りがなんとも幻想的。 淡いお色のお衣装含めて、絵画的な舞台だった。
MOVIX京都、 舞台挨拶付き完成披露上映会、行って来ました。 さん と さんの貴重なお話が聞けて、映画をより一層楽しむことができました。『曽根崎心中』がシネマ歌舞伎になったことを1番喜んでいるのは坂田藤十郎さんだと、お二人の意見が一致して pic.x.com/U0joPhfHIh
怖い話をすると私が坂田藤十郎の曽根崎心中を観た時に藤十郎は80を超えたお爺さんなのに舞台の上では二十歳そこそこの命がけで恋する乙女でした。芸の凄さを知ったのもこの時です
【中央】『坂田藤十郎 歌舞伎の真髄を生きる』(坂田藤十郎著 世界文化社 2006) のお初で名を馳せ、 として認められた故坂田藤十郎氏の襲名時のエッセイ。舞台写真も豊富です。映画を観て歌舞伎を見に行きたくなっている、 library.pref.chiba.lg.jp/licsxp-iopac/W… pic.x.com/e6cozCdsEG
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坂田藤十郎
番付発掘。 17年前 どうやら私は 坂田藤十郎さんと 秀太郎さんとの 『封印切』を観ていたらしい、、、 團十郎さんと海老蔵さんの 『勧進帳』の記憶しかない、、、 江戸の團十郎と上方の藤十郎が 同じ舞台に立つのは初だったらしい。 あの時の自分の知識の無さが 悔やまれる😔 pic.x.com/IN9bWPGqjH
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坂田藤十郎
五十年前・昭和四十九年(1974)九月新橋演舞場は扇雀のちの坂田藤十郎・有馬稲子の顔合わせで「浪花の恋の物語」。 近松の「冥途の飛脚」を成沢昌茂が脚色演出、昭和三十八年大阪初演以来、名古屋でも好評を得た舞台の東京初御目見得です。周りを歌舞伎勢で固めているのが強みで、 pic.x.com/1eynyyrtuq
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坂田藤十郎
難波にあった大阪新歌舞伎座は回り舞台がなくて、左右のスライド舞台でした。だから封印切の裏手の茶室は隣座敷みたいでした。 中村扇雀(坂田藤十郎)の忠兵衛、中村松江(魁春)の梅川、尾上松鶴(松助)の八右衛門、沢村田之助のおえんでした。 x.com/kansai_butai/s…
吉右衛門さんの勧進帳、さすがに良いわ。 この重厚感。 坂田藤十郎さんの弁慶に、おやじさま(菊五郎)の富樫。 贅沢過ぎる。 間に合ってないのが残念… 介護真っ只中で遠征もなかなか厳しかった頃で まだミュージカル中心で、歌舞伎のかの字もなかったしね。
KRテレビ(現・TBS)の『ミュージカル・源氏物語』って???これ、データにないんじゃないか?
扇雀(後の坂田藤十郎)が光源氏で、フランキー堺は頭中将(おそらく間違いあるまい)、文野朋子は葵上なんだろうけど…。
昭和五十二年十一月中座『仮名手本忠臣蔵』
見たかった舞台
由良之助/二代目中村鴈治郎
九太夫/中村松若
戸無瀬/二代目中村扇雀後に四代目坂田藤十郎
小浪/二代目片岡秀太郎
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坂田藤十郎
参考文献の多さに、だからこんなにも五郎兵衛達が奮闘して、絶望して、歓喜して、、、って描写が鮮やかなのかって感嘆。
坂田藤十郎の名前まで出てきて、『藤十郎の恋』が好きな人間としてはちょっと嬉しかったり。
舞台としてみたい気持ちもあれど、私の頭の中の上演で完結しておきたい気持ちもある。
昭和五十二年十一月中座『仮名手本忠臣蔵』「九段目」由良之助/二代目中村鴈治郎 小浪/二代目片岡秀太郎 お石/嵐徳三郎 戸無瀬/二代目中村扇雀後の四代目坂田藤十郎 力弥/初代中村亀鶴 本蔵/十三代目片岡仁左衛門 見たかった舞台。昭和上方歌舞伎の集成であったか? https://t.co/Q7gJ3qfTGA
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坂田藤十郎
写実芸を志したと思われる初代坂田藤十郎ですが、舞台で履く草履は自分の足よりかなり小さめの物を用意させたといいます。
それというのも草履を脱いだ時に、そこに残った履き物が大きすぎたら“色消し”になってしまうからとのこと。
そこまでイメージに気配りしていたのだなぁ…と。
初代坂田藤十郎の科白に関する芸談もナルホド!と思わされます。
舞台に出る時は覚えた科白をいったん忘れ、相手の科白をキッカケにして思い出す。日常の会話と同じく、相手の言葉を受けて自然とその科白が心に浮かぶ様にしているのだ、と。
藤十郎が写実的な芝居を志向した人だと改めて分かります。
『近頃河原の達引』衛星劇場
4月14日(木) 午後4:30 -
4月29日(金) 午後4:00 -
十三代目仁左衛門さんの十三回忌での舞台。
我當さんの与次郎、秀太郎さんのお俊、坂田藤十郎さんの伝兵衛・・しみじみとした舞台をご覧になれる方は是非。
https://t.co/GWkHURrYJd
元禄期には江戸の市川団十郎と人気を競う(坂田藤十郎)が劇作家の(近松門左衛門)とともに京の舞台で活躍、上方歌舞伎の演技の基本となる(和事)芸を編み出している #kyoto





