田中絹代 最新情報まとめ
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最新の口コミ・評価・レビューコメント
川端康成『伊豆の踊子』の主要舞台湯ヶ野温泉。福田家・江戸屋・湯本楼・玉屋の4軒があった。太宰治『東京八景』(新潮文庫『走れメロス』収録)の書き出しに「四軒あるなかで」はこの4軒です。#伊豆の踊子 #川端康成 #東京八景 #太宰治 #田中絹代 #美空ひばり #木賃宿 #梅の家 https://t.co/iGP8aVdXku
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田中絹代
シネ・ヌーヴォで田中絹代監督作を初めて観て、完全に打ちのめされてる。特に『乳房よ永遠なれ』と『女ばかりの夜』に描かれる女性の嘆き怒り哀しみの切実さがもう。心の内に秘める思いの静かな激しさ、繊細で大胆な感情に、かなり動揺してる。60年以上前の映画とは思えない。すごいものを観た。 https://t.co/ueeHs46u9I
僕の好きなサイレント映画は、ムルナウの「サンライズ」、フリッツ・ラングの「メトロポリス」、小津の「非常線の女」です。
田中絹代主演の「非常線の女」は、小津ってこんな映画が巧い人だったのか!と衝撃を覚えました。
パブリックドメインになっててYouTubeで観れます
https://t.co/BOK6cZlUOr
昨日のヌーヴォ(@_cinenouveau_ )での津田なおみ氏のトークが素晴らしかった。
感謝の気持ちがここに書くことで届くといいな…
良記事も発見↓|
日本映画史に映画監督として絹代さんの名を刻むきっかけになれば。 「映画監督 田中絹代」著者、津田なおみさんインタビュー https://t.co/ZCtUSP9YLE
今日はシネ・ヌーヴォにて、朝から3本の映画鑑賞。大女優、田中絹代さんが監督を務めた作品ばかり。家に帰ってゆっくりと振り返ることにします。どれも良かった〜!津田なおみさんのお話も!いやあ、映画って、ほんとうにいいですね! https://t.co/KGkEgROKdd
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しかし、そうした劇的要素がありながら、この「伊豆の踊子」で最も印象に残るのは、踊子田中絹代と学生大日方傳が橋や河原で繰り広げる“恋の花咲く”微笑ましい光景なのであり、そこには台詞(字幕)も少なく、二人が視線を交わし合い、田中は恥じらって俯くといった、映画的アクションの純粋性がある。
映像の写真がでなかったですが、雨月物語とか溝口健二作品の名女優である田中絹代の監督作品です。隠れた名品だそうです。
1964年の桜井秀雄監督映画『この空のある限り』。ロケ地は東京、川崎、横浜など。森光子さんが田中絹代さんと訪れる横浜市”港の見える丘公園”、東京見物は”はとバス”と関汽エアーラインズ「KV107」で空中散歩。多摩川の六郷土手をランニングする鰐淵晴子さん。川崎区本町や”六郷橋”をタクシーでなど。 https://t.co/K1yi5tvBVb
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『噂の女』溝口健二 新文芸坐
初めて見たけどメチャクチャ面白い。
溝口作品、本当に毎作品構図がビシッと決めるからすごい。
田中絹代の嫉妬や葛藤に苦しむ姿。大谷友右衛門が演じる医師のなんとまあイライラすること!
洋装の若女将こと久我美子もひとり清楚でいいね。
今日は4本鑑賞。
シネマヴェーラ
『恐れずに』('50)アイダ・ルピノ
『ルバーブ』('51)アーサー・ルービン
本屋巡りを挟んで
新文芸坐、溝口健二×田中絹代
『夜の女たち』('48)
『噂の女』('54)
どの作品も70~90分なのが嬉しい。
大満足。
『夜の女たち』(48/日)
新文芸坐で鑑賞。
終戦直後の大阪、戦争で何もかもを失った女性たちが闇の世界に堕ちていく。綺麗事ではすまない女性たちの生き様をリアルに描いた作品。主演は大女優田中絹代。
#溝口健二の世界 https://t.co/5gJ21FMxQY
溝口健二監督『夜の女たち』(1948)観たけど、凄いな。この主題でここまで振り切っちゃうのか。田中絹代の鬼気迫る演技に言葉を失ってしまった。ラストが感が協会跡というのも…。
1964年の桜井秀雄監督映画『この空のある限り』。ロケ地は東京、川崎、横浜など。田村正和さんが働く食堂、横浜市鶴見区本町通商店街で鶴見川に架かる「潮見橋」を鰐淵晴子さんと。森光子さんのタクシー会社は「川崎球場」付近。田中絹代さんと「横浜マリンタワー」に。列車の見送り「六郷橋梁」付近。 https://t.co/j2zV2SEOwj
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1964年の桜井秀雄監督映画『この空のある限り』。ロケ地は東京、川崎、横浜など。田村正和さんが働く食堂、横浜市鶴見区本町通商店街で鶴見川に架かる「潮見橋」を鰐淵晴子さんと。森光子さんのタクシー会社は「川崎球場」付近。田中絹代さんと「横浜マリンタワー」に。列車の見送り「六郷橋梁」付近。 https://t.co/ppx5Mh636y
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新藤兼人『ある映画監督の生涯』、インタビューで乙羽信子が「溝口先生は田中絹代さんをお好きだったんでしょうね」とボロっと言っちゃうところが、夫である新藤兼人の脚本によく出てくる「言わんでいい余計な事を言ってしまう乙羽信子」そのまんまで、あそこも面白いんですよね。
1964年の桜井秀雄監督映画『この空のある限り』。戦争の混乱で行方知らず母(田中絹代さん)と娘(森光子さん)の再会。同じ空のもとで生きながら、同じ時を共にしなかった母娘の打解けない姿を自然な息子(三上真一郎さん)と重合わす。親子は親子で氷解。田中絹代さんの深みと鰐淵晴子さんの明朗さ。 https://t.co/bk60QB47Rq
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田中絹代といえば、新藤兼人監督の『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』のこのインタビューの場面はスリリング。「(噂に答える)良い機会。私と溝口先生はスクリーンの上では絶対的な夫婦、先生が恋していたとすれば私の役柄にであって、田中絹代ではない」一歩も引かない名優の気迫に圧倒される。 https://t.co/n9bLJklg5Y
1964年の桜井秀雄監督映画『この空のある限り』。戦争の混乱で行方知らず母(田中絹代さん)と娘(森光子さん)が再会。同じ空のもとで生きながら、同じ時間を生きなかった母娘の打解けない姿を息子(三上真一郎さん)と重合わす。最後、親子は親子と氷解。田中絹代さんの深みと鰐淵晴子さんの明朗さ。 https://t.co/sg1kFBeXqX
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田中絹代
それにしても初監督作だからかチョイ役の豪華なこと!香川京子に中北千枝子、笠智衆に月丘夢路、沢村貞子にそしてもちろん田中絹代とこんなキャストが出てる映画なんてなかなかないんじゃないか。夜の電車を描いたシーンがとても好き。男が女を追いかけるシーンの移動撮影はこの頃から抜群。
5月8日は、#母の日
ショーケンと田中絹代さん
上京した母がオニオングラタンスープが食べたいとのリクエストで銀座の洋食へ連れて行った時のシーン...
倉本聰テレビドラマ集2 昭和53年 前略おふくろ様第8回のシーンより https://t.co/GgoEgHsMeo
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田中絹代
@roko_sakurai 戦前の松竹映画に、新婚生活中の大学時代の同級生宅にベロベロに酔って押し掛ける落第した学生役で出てらっしゃいました。
眼がパッチリでスマートなお姿。
でも若い頃の田中絹代さんや飯田蝶子さんが共演だから相当な昔なんですねぇ。(^_^;)
女性監督映画の醍醐味は、監督と女優との共鳴共犯関係が見える時。
『乳房よ永遠なれ』の田中絹代と月丘夢路、『強く、早く、美しい』のアイダ・ルピノとクレア・トレヴァー、『ジャンヌ・ディエルマン』のシャンタル・アケルマンとデルフィーヌ・セイリグ、等々。
[承前] 小津安二郎「東京の女」(1933)。ひたすら気丈な姉。田中絹代は初々しい。まだ舞台の延長線なのか、同じ役者の2役が意図的と誤解を招く。映画プログラムをなくしたという台詞があり、日本独特の映画プログラム文化ってその頃からあったんだなあ。当時はまだ「照明」技師ではなく「配光」。
@izayoutsuki_hi 田中絹代さんが
明治の機械🦾は頑丈だって
以前ドラマのセリフで言ってました笑
熊井啓監督。演出はモッサリしていて泥臭い。しかし誠実な映画作家。田中絹代だけでなく志村喬、三船敏郎、萬屋錦之介の最後の映画を撮ったひと。しかも自分の最後の作品が愛してやまなかった黒澤明の最後の脚本だなんて…映画ファンがやりたい事を全てやった感がある。 https://t.co/Z24Vcz315Y
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田中絹代
「伊豆の踊子」に金鉱の話が出てきたような気がして原作を確かめてみたけど気のせいで映画(田中絹代さんヒロイン、1933年)の独自設定だ。
『前略おふくろ様』で桃井かおりさんと田中絹代さんが共演されているのを見て、この時のお話を思い出しました(≧▽≦)
桃井かおりさんて本当におちゃめでかわいい方( *´艸`)
ジュリーもおちゃめだけどね(๑´ლ`๑)フ°フ°♡ https://t.co/h5thBazlqA
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田中絹代
@arecole 取材者の栗原小巻が薄っぺらく見えるほどでした。
田中絹代の元娼婦は、命ある人間、心を持った人間としての厚みや壮絶感が違いました。美人女優だけで終わらなかった田中さん、すごいですよね。外国の映画祭で賞を取られたと思いますが、心を打つ演技でした。
@arecole この映画、私も見ました。
何といっても、田中絹代のうまさで持っている作品だと思います。水の江滝子の潔い感じの迫力もよかった。
原作は取材方法や結論の導き方に賛否両論ありますが、映画は田中絹代の演技にひたすら感動しました。
@Xavier1125jp 女性の映画監督って、田中絹代と羽田澄子しか思い出せん!
今後の予定
5/14
田中絹代
アピチャッポン
5/20
ジャック・リヴェット
5/28
ジョージア映画祭
6/3
シャンタル・アケルマン
エリック・ロメール
さらに
濱口竜介『親密さ』『ハッピーアワー』
ブレッソン『たぶん悪魔が』『湖のランスロ』
ゴダール
etc.
時代は俺に何をさせようというのか・・・。
@Reki_Shock_ 昭和の女優さんは、真に女優と思えるような方が多くて、その頃の映画ばかり観ています。古くは田中絹代、一番好きなのは京マチ子。皆さんギラギラしつつも品格がありました。大好き。
溝口健二の雨月物語を見た。モノクロ映画って美しいな。そして昔の人は皮膚のように着物を着ている…体型もあるだろうけど。田中絹代は顔がキレイというより活舌がめちゃくちゃ良くて声の出し方が上品で美しい。
『松竹映画の栄光と崩壊』田中絹代は負けない 3
https://t.co/I1Sg9WCQmC
50代に近づいた頃から
主演作品も少なくなっていったが
47歳での 成瀬監督『流れる』
優しい目線で
人々を文字通り 脇から見つめる女中・梨花
観終わってみると 豪華キャストの中でも
ひときわ印象に残る存在感だった https://t.co/CYZrORFl0h
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田中絹代
『松竹映画の栄光と崩壊』田中絹代は負けない 3
https://t.co/I1Sg9WUrLc
昭和30年頃の「松竹三羽烏」
上から
鈴木伝明、岡田時彦、高田稔 (合ってるかな・・)
さすが皆さん、美男子ですね♡ https://t.co/HiZZpU41zZ
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田中絹代
#映画は何を描いて来たか
"雨月物語"(1953)を撮り終えた田中絹代は、かねて監督志望を伝えていた成瀬巳喜男を頼り、"あにいもうと" (1953)の監督見習いとなる。主演は、森雅之と京マチ子。"雨月物語"の撮影で、田中には森への嫉妬心があったとも伝えられる。 https://t.co/kX3hkQXNbz
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田中絹代
アマプラで「サンダカン八番娼館 望郷」(1974 熊井啓監督)。晩年の田中絹代の名演を見たので、彼女の監督作も見ておこうと「乳房よ永遠なれ」(1955 )。重い内容でしたが良かったです。彼女の後にどんどん女性監督出てきていたら日本映画界も今とは違ってたのかもしれないなと思いました。
アイダ・ルピノ監督の映画をはじめてみた。すばらしかった 🎥
トークでは、田中絹代の監督作品にも話題が及んだりと、とてもおもしろかった😊
『松竹映画の栄光と崩壊』田中絹代は負けない 1
https://t.co/OCZ12ED9Jk
大正から昭和にかけての映画界は
日活と松竹が二分したが
関東大震災で撮影所が壊滅したのをきっかけに
日活は京都に拠点を移し主に時代劇を撮った
「現代劇は松竹」「時代劇は日活」が
しばらく続いた
鎌田撮影所 https://t.co/2nTirMwdCC
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田中絹代
主演を務めた田中絹代さんが公開時50才前後で。爺さん役務めた宮口精二に至っては45才前後。当時の俳優さんの風格たるや!。あと原作の深沢七郎さんがエルビスやビートルズ好きと知り一気に親近感が湧いた。戦前生まれなのに。音楽の守備範囲すごいなあ。
愛染かつら 1938年公開
監督:野村浩将
主演:田中絹代、上原謙
https://t.co/14Y7m3qtMo
https://t.co/ixXETmghZH
ついでに😅
同じく1975年「おれの行く道」より
田中絹代さんと夏純子さんが、テレビドラマを観てるシーンと、その他です😃
#田中絹代 #夏純子 #山根成之 https://t.co/YVg4Z1V0aY
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田中絹代
@Sq2kU 高杉早苗は、松竹の田中絹代の後輩世代。可愛がっていたのか解りませんが、映画の中では、男を盗られながら、気遣ってましたね。
1938年、結婚して引退。戦後、この"夜の女たち"で復帰とのこと。
@Barbs_Den 鎌倉に墓地🪦がある映画人😇、沢山いらっしゃいますネ。小津監督、黒澤監督、木下監督、田中絹代(小林正樹監督と一緒)、佐田啓二、三井弘次、笠智衆、森雅之、高倉健…木下監督とモリマ、健さん以外は行きました🙏🙏🏃♀️🏃♀️
何年かに一度〝ダーツ!〟と映画(マイ)ブームが来る。今回は溝口健二、小津安二郎より好きかも?でも田中絹代より原節子好きだから、同じくらいかな。
映画監督としての田中絹代とは 小倉昭和館で講演会 https://t.co/yDizo7r082 #西日本新聞
#映画は何を描いて来たか
"大学は出たけれど"(1929)
田中絹代は、松竹下鴨撮影所で清水宏に見出される。蒲田に移り、じきに新進有力女優となった田中と清水は、"試験結婚"し同棲するが、すれ違いで関係は破綻する。清水が撮る筈だった田中主演の"大学は出たけれど"のお鉢が、小津に回って来た。 https://t.co/ZPKnzMNhZ9
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田中絹代
成瀬巳喜男の「おかあさん」を見た。田中絹代と香川京子の母娘を軸に貧しくも美しい家族の姿を描く。この地味な物語をここまで面白くできる成瀬ってやっぱ凄すぎる。特に後半の遊園地の場面、幸福感に溢れているのに、どこか悲しく切なく感じられ号泣してしまった。香川の花嫁姿も最高。1952年作品。





































