火垂るの墓 映画 最新情報まとめ
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色々な意見や感想のある映画『火垂るの墓』だけど、一番重要な事実は、大人たちが勝手に始めた戦争で大勢の未来ある子ども達が犠牲になったこと。
この1点に尽きる。
若い頃、映画館で『火垂るの墓』と『となりのトトロ』の二本立てを観た。
早くもトトロで泣いてしまった夫は、火垂るの墓は歯を食いしばって堪えていた。
子どもたちが、清太や節子のような体験せずに生きていける社会を、必死で守りたい。
火垂るの墓の件で やっぱロクなのいねぇなと思った。絡んできた女性(多分)は同属の女貶したり、クソフェミとかポリコレ信者とかの言い方な、あとトランス差別してるし。引用の時点で察しついたけど映画見て普段何感じてるんだろうな
火垂るの墓は何回観ても泣く映画。どうしても気になって途切れ途切れだけど仕事の合間に観直してみた。戦時下、14才の少年が妹を守りながら生きようとする姿に僕は口が裂けても「感謝が足りない」という観方はできない。
別に火垂るの墓を今作っても作れるんだろうけど、実際に経験した空襲の、焼夷弾が降る音をアニメ映画にできる人(そしてネームバリューがあり、多くの人が見てくれるであろう人)なんてもう日本にいないんだから、そこが価値なんだよな、、
すずめの戸締まりもそうなるんだよ
火垂るの墓で主人公少年の立ち回りについて批評がもりあがっているけど、あれは原作者 野坂昭如の実体験小説がベースの映画で、野坂昭如はステージ上で大島渚と殴り合うようなお人。あの人なら何やってもおかしくないだろう とツイッターの海に放流しとく。
細かい技術面や声優がどうしたのなどは二の次の話だ。アニメ『火垂るの墓』を観て、二人の子どもの苦しみと悲しみを共有できないというなら、映画を観ることになんの意味があるのか。この子たちには、本来生きられるべき別の人生があったのだと想像できないなら、映画を観ることになんの意味があるのか
「火垂るの墓はともかくはだしのゲンの映画なんて学校で見せられたことない。記憶違いか捏造では?」って言ってくる人がすごく多いんだども、Googleで
はだしのゲン アニメ 学校
って検索すると同じ経験した人の書き込みとか、なんなら学校の平和教育に使われたって触れ込みがわんさか出てくるよ
個人的に「火垂るの墓」は戦争反対というより、保護者不在と貧困と飢餓の問題じゃないのかなと思う。前半の空襲部分は戦争映画だけど、後半の転落部分は今でも日本のどこかである問題。ヤングケアラーとか虐待とか毒親問題がそれ。
「火垂るの墓」はそのまま受け入れるのがかなり辛い映画なので、みんな清太や節子が死ななくて済んだ世界線を分岐させようとしちゃうんだと思う。清太への批判は謂わば心の防衛反応の一形態。
火垂るの墓論争。私はそもそも火垂るの墓は「面白く」見れないので、あの映画よりは似たテーマのジョジョラビットを観てください。
高畑勲の火垂るの墓論。しょーもないネット感想読むくらいならこれ読むべき / “愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 映画『火垂るの墓』で高畑勲監督が伝えたかったこと(アニメージュ1988年5月号から)”
とはいえ最近の女性スペース問題見てると、ネトウヨやオタクが堂々ロリペド性犯罪漫画肯定してるから目立ってるってだけで普段人権だ平和だと綺麗事抜かしてる左翼リベラル男も火垂るの墓で国を叩き子の命の尊さを説きながら裏じゃロリペド愛読してるかもね
セクハラ映画監督庇ったリベラル多かったし
火垂るの墓とかをテレビで見なくなった。こういった映画を放送している時が平和なのだろう?
今はこういったところまで言論統制に近いことをしている。
「火垂るの墓」への私感も、僕が他人を判断する時の基準になる映画の1つ。それは作品の趣向が人物評価に拠るという意ではなく。イマジネーションやエンパシーの能力、クリエイションやカルチャーへの敬意を図る試験軸となるコンテンツとしてで。
『火垂るの墓』が虚構性の城と捉えると極めて面白い批評が生まれ、アニメ映画版は幽霊と現実(過去)の入れ子構造のメタ的要素もあり、それぞれテクニカルな御馳走の宝庫なのに反戦やら感動ポルノだけで立脚した論や主張が多いのは残念でしかない。そんな物はリラダンの如く召使に任せればよい。
反戦 "サヨク" "リベラル"が持ち上げる火垂るの墓は反戦映画ではない
→ゆえに作中の悲劇も戦争が問題で起きた事ではない
→清太の死は自業自得
この程度の頭でしょ実際のところ
ネットには特に反左翼、アンチリベラルじゃないとウケない土壌があるからエスカレートして訳の分からないことを言い出す
子どもが生まれて、もう一生観られなくなった映画が「火垂るの墓」です。
節子ちゃんと清太くんに我が子を投影してしまって、オエオエするほど泣くのがわかってるんよ…
火垂るの墓がトレンドになってるが、
清太の行動が間違ってるとか当然だとか言ってるのを見て、行動の表面しか見えてないことに高畑勲が生きてたら驚くと思う。
野坂昭如の原作小説を基に、アニメ映画で“文芸”をやろうとした高畑勲の神懸かった演出はその後のアニメ映画でも誰も超えられてない。
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火垂るの墓
火垂るの墓がトレンド入りしてるけど
戦争映画、戦争アニメと言えば火垂るの墓みたいな
存在になってるけど、子供の頃はもう少し
他の戦争作品もあったし流れてた気がするけど
ほとんど流さなくなったな
ここ数日、「火垂るの墓」に関する色んな評論tweetが流れてくる。私はあの映画を20年以上も前に1〜2度見ただけなのだけど(いやあれ結末知りつつ再見するのに要求されるHP・MPコストが高すぎるのよ)、一端に「つまり火垂るの墓ってこういう事ね」なんて感想ができてしまった。
火垂るの墓は単なる反戦映画ではなく日本人の話を描いてるところが好き。
俺はこの記事をみた時めちゃくちゃ鳥肌立ったし、ジブリ映画で1番火垂るの墓が好きな理由。実際に西宮のおばさんが正しいと思ってしまってたので…洗脳って怖いよね。
少なくとも映画がなければ可視化されない内面を見せてくれる火垂るの墓は名画だし、高畑勲は根性悪いなというのが私の感想かな…。
私は清太嫌いだし、実際あんなの面倒見ろって言われたらすごい嫌だよ。嫌だけど、あのクソガキがクソガキでも生きていられる世界を維持するのは大事だと思う。
火垂るの墓は、みんなが気持ちよく、可哀想に戦争って酷いねって思える映画じゃないんだよ。そういうユーザーフレンドリーな作りじゃない。自分自身の価値観とか、感情と、人道が相反する場合があるのが戦争で、そこまで見てんじゃないの高畑勲だしな。と、私は思うな。
火垂るの墓の観客の場合、自分ならどうできるか、っていう立場に置かれるわけで、そこで子供を責めること自体があの映画を通して描き出された自分の人間性ってやつよ。その反応も出るように作ってある映画だと私は思う。高畑勲は根性が悪いから。
「火垂るの墓」の引用、戦争だろうが子供だろうが盗みは犯罪!想像力ないのはお前!って感じのが来てるけど映画やニュース、小説、ドキュメンタリー、祖父母の話なんかを統合して非常時に追い詰められた人間(ましてや子供)がどうなるのか?リテラシー的なものが必要なんじゃないかね
火垂るの墓の清太をどう思うかは見る年齢によって変わるという意見を見たが子供の頃に見たあのひたすら悲しい映画を子供がいる今見たらどれだけ打ちのめされるかを考えるととてもじゃないけど見れない。だけど自己責任論はあまりじゃないかと思う。14歳だよ。
火垂るの墓を見て、女の子が
『私、数日前からうんこがびちびやねん』
ってなったぐらいから
あっ、なんだ食べ物がないんだってことを知って
そうなんだって心が動かされた。
やっぱ映画っていいが、筋を追うのはいつも大変だといえる。
@ilumetoo それにしても火垂るの墓は著者の自伝的小説とされていたんですよね。
映画の中で無茶苦茶な描写をされる主人公を見た時の野坂先生のご心中、察するに余りあるものがあります。
高畑監督、野坂先生になんか恨みでもあったんでしょうか……
ん~、火垂るの墓論争、まずある程度以上火垂るの墓の読みこみをして、議論を深めたければ、映画本編を一回なんとなくみたくらいじゃ足りんよ。でも、Twitterでは知識量がある程度以上ある人は多くない。したがって、情緒や自分の感覚でもって騒ぐ程度の層が多くなってしまうね。
前に見た被災もの映画の文章で『火垂るの墓』には一行もふれずに『この世界の片隅に』を戦時の姿を高解像度に表現した画期的アニメ、というふうな紹介をしていたものがあって、べつなくだりではこの人は文芸を論評する能力がないのかな?と思わせるところもあり、最近は全体的にそんな感じなのかと。
「火垂るの墓」は野坂昭彦の自己満足的な下らない小説を、高畑勲が映画にした最悪な作品だと思ってる。取り敢えず不愉快だから見ない。
高畑勲は観客を甘やかさない人なので、火垂るの墓の観客が気持ちよく泣けて悲劇カタルシスを得られる映画にしようと思ったら主人公たちがもっと普通に同情できるキャラ造形にしたらいいんだけど、それをしてない。「でもおばさんの気持ちもわかる」って思わせるところがあの映画のすごいとこでもある。
@ASCIIART_NOVEL 火垂るの墓に関しては、反戦がテーマというよりも他のおどろおどろしいものが主テーマになっている奇妙な映画なんですがね…
@MHAZUKI1 (´・∀・`)ヘー
子供はハッカだけが残るもんだと思ってました
何かカッコいい~!
女の子の絵は
映画『火垂るの墓』とのコラボですね
サクマの缶ドロップスが出てきます
火垂るの墓は一回しか観てない。ダンサーインザダークみたいに辛すぎる印象を与えられた映画を再び観るには、十分な余暇と十分な心の余裕が要る。
のか?
「火垂るの墓」って戦争の悲惨さを伝える映画の代名詞みたいになっちゃって、細かいキャラクターの描写まで目が行き難くなってしまったんだよね。
死が身近に感じられる状況ではあったけれど、上手く立ち回っていれば節子も清太もあんな風に死ぬことは無かった。…
意地悪なことを言うが、火垂るの墓が戦争映画でなかったら、皆あんなにムキにならなかったのでは?
この歳になって火垂るの墓をあらためて見て分かったけど、
この映画は戦時中の悲惨さを描いているけど決して反戦映画ではなくて、
岡田斗司夫さんの言うように清太が社会との関わりを徹底的に拒否した結果兄妹で命を落とすという反戦映画の皮を被った心中映画なんだな
ちなみに、『火垂るの墓』は、結末を知らず、かつ「どうせ子供向け映画だから…」というバイアスがあると、「戦死したと思っていた父親が実は生きていた」という“様式美”を期待してしまうんですよね。「生還した父親が、清太と節子の死を悼む」くらいの演出はあるだろう…と思うでしょう、普通は…。
なんか映画「火垂るの墓」ばっか語られて、小説「火垂るの墓」が語られないので、野坂昭如が草葉の陰で拗ねているんじゃないかって心配。
自己紹介のない方からのツイート:「『この世界の片隅に』は素晴らしい第二次世界大戦映画だ。僕は『火垂るの墓』よりこっちが好き、だけど両方とも泣かされた」
「成人した男をも泣かせるであろうアニメって何?」への返信
火垂るの墓は人によって感じることが違う映画だから、「戦争は悲劇、繰り返してはいけない」と戦争について考える人と、「清太がもう少し親戚のおばさんに迎合できてたら家から出て行かずに済んで終戦まで兄妹は生きながらえただろう」と人間関係を考察する人がいるのよね。感想に正解はないからねぇ。
@offl_cockroach その辺は火垂るの墓があまりに定番化したから
つっこんで遊べるって事だと思うんですよ
観客はいざ見たら清太に共感して
ラストは涙が止まらない訳で
嫌なガキだな、なんて
初見時に思う人はいないでしょう
その位からかわれてもびくともしない
強い小説、強い映画なんだと思います
@youran_kitune ほぼ脚色を入れず忠実に描いたとしても、あくまでも「映画:火垂るの墓」に関するツイートなので、原作がどうとかいう話を持ち出すのは、論点ずらしに見えない論点ずらしだと思いました。
むしろ『この世界の片隅に』が好きなひとたちが『火垂るの墓』は嫌い嫌い感情のルサンチマンを晴らしているのが、気持ち悪い。あの映画はAmazonプライムで観て途中で止めてしまった。戦時下にあった〝片隅で〟生活の工夫をしたり優しさがあったりしたことを描くことが、凄く軍国主義ぽい。
火垂るの墓は子供の頃よく金ローで観てた記憶。
寂しくて悲しい映画でよく分からないながらに怖くて苦手だった。
大人になった今、自分から観るのはもう無理。戦時下で子供が苦しみながら死んで行く姿を直視出来ない。
火垂るの墓で覚えてるのは、小学校の鑑賞会で書かされる感想文に「みれてよかった」って書いてる子がいて、それを見て教頭先生が「悲しい映画だからよかったは良くないね〜😔消そうか」って添削してたことや。あたいも「みれてよかった」って書いてたのをこっそり消したこと覚えがある。
火垂るの墓、かな〜り好きな映画だけどあまり人と見る機会がない










































