竹久千恵子 作品(映画/ドラマ) 最新情報まとめ
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一緒につぶやかれているキャスト・俳優情報
最新の口コミ・評価・レビューコメント
文博で “花火の街 ('37 J.O.)” 。石田民三先生の、初めて見る 女性映画じゃない映画だ…と思って見始めたら、やはり終盤近づくに従って、先生独特の女性に対する、フェティシズムとしか呼べないような眼差しが濃厚になって来る。深水藤子・竹久千恵子という2人の女優さんから見事にそれを引き出す…。
山本嘉次郎監督 '41年 東宝 高峰秀子 藤原釜足 竹久千恵子 二葉かほる ほか 軍用馬の生産者一家の話ということもあり当時の陸軍がこの映画の製作に関わっている。 ロケシーンの大部分を助監督の黒澤明が撮っているため後年の黒澤映画(時代劇)を彷彿とさせる馬のシーンが見られる
@_takagi_竹久千恵子ブーム?朝ドラ?と不思議です。ですが...持ってられるんなら50万ですよ!「これ50万の価値あるから」って自慢出来ます。
【映画の中の東京・坂道(戦前編)】1940年の島津保次郎監督映画『光と影(前後編)』。良家の令嬢(原節子さん)の”光”と男に捨てられた女給(竹久千恵子さん)の”影”の間で揺れる男(大日方傳さん)を描く。防疫官の大日方傳さんが仕事の途中で休憩する場面、京浜東北線沿いの田端~日暮里間の坂道。
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竹久千恵子
「絹の泥靴」の竹久千恵子がアンモラルとすれば、この映画のモラルは義妹・千葉早智子。破滅型の弟・大川平八郎と真逆の兄・佐伯秀男の個人秘書となり、善行のサポートをする。退廃と正義。兄弟の対立と、義姉妹の対比。これも佐藤紅緑の世界。PCL初期に、これほど濃密なドラマを製作していたとは!
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竹久千恵子
『女の教室』各配役
左から阿部豊版(1939 東宝映画東京)・渡辺邦男版(1959 大映東京)・斎藤武市版(1968 日活)
【蝋山操】竹久千恵子・野添ひとみ・吉永小百合
【轟有為子】千葉早智子・叶順子・十朱幸代
【仁科藤穂】霧立のぼる・市川和子・和泉雅子
(続く)
『歌へ!太陽』NFAJ
監督は阿部豊。
竹久千恵子を元気づけるために、息子のフリをする榎本健一と轟夕起子。
公開は1945年11月。敗戦後に公開された東宝の1作目としてはピッタリ。
この映画を見た当時の人々は亡くした家族を想い涙していたのかもしれない。
『夜の鳩』の竹久千恵子さん。そしてやっぱり『吾輩は猫である』で寒月さんだった北沢彪さん!wikiに『戀愛の責任』なかった。あの佇まいで朴訥に何か言うと全部笑えてしまう。昨日も爆笑さらってた。昔の映画で見たことあるキャストが別の映画で出てくると嬉しくて😆
1939年の藤田潤一監督映画『愛の設計』。戦時色が濃くなる時代、下町の長屋の人々の機微と夫婦の在り方を描く。東横線「並木橋駅」で出征を見送り、月田一郎さんと竹久千恵子さんのい夫婦は「猿楽橋」に。数々の映画のロケ地になった「猿楽橋」、1934年に竣工(鋼橋)。モダンな街灯は支柱のみが現役。
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竹久千恵子
1939年の藤田潤一監督映画『愛の設計』。戦時色が濃くなる時代、下町の長屋の人々の機微と夫婦の在り方を描く。東横線「並木橋駅」での出征を見送り、月田一郎さんと竹久千恵子さんのい夫婦は「猿楽橋」に。数々の映画のロケ地になった「猿楽橋」、1934年に竣工(鋼橋)。モダンな街灯は戦前から現役。
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竹久千恵子
→による田舎暮らしの苦労話が綴られてゆく映画。語り部の主人公は5人きょうだいの次男坊で、下に3人の妹がいます(長女に扮しているのは後にオードリー・ヘプバーンの声などを演じた池田昌子)。母夏川静江とその妹竹久千恵子を含めた7人が新潟の田舎町に着いたところから映画が始まり、あてにして→
「馬」(1941)で竹久千恵子が演じた母親は、いまのTVドラマに出したら炎上必至のひどいことばを娘と馬に投げるが、それは当時の雪深い村の厳しい暮らしを思わせる口調でもあり、馬のお産を見て「お産のあとは腹が減るんだ」と母馬に餌をやろうとするところなどぐっとくる。






