原節子 画像 最新情報まとめ
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一緒につぶやかれているキャスト・俳優情報
最新の口コミ・評価・レビューコメント
88年前に撮影された水着姿の15歳の原節子。
1935(昭和10)年夏に撮影された写真。
映画『魂を投げろ』が撮影された際の写真である。原節子の左の人物は、映画内で原と共演した女優の黒田記代。
「智恵子抄」は1957年版もあるが、この映画では原節子と山村聰。1967年版と比較すると、智恵子はどちらも好演。ただ、岩下志麻は当時20代ゆえに、老けてゆくシーンにやや不満あり。モノクロとカラーで、2本連続してみてみたいと思う。
映画では猫の世話をすることもあるが、実は犬が好きだった原節子さん。狛江の家にいたとき、愛犬を2匹飼っていた。右下は「殿様ホテル」(1949)のワンシーンであり、女スリの役柄。
『晩春』鑑賞。やもめ暮らしの父親を気遣う娘が結婚に至るまでの過程を淡々と描いた作品。「結婚するから幸せになれるのではない」と諭されるシーンは自分の両親を重ねてしまい、食い入る様に見てしまった。また、後半に見せる原節子さんの曇った表情。普段のイメージと全く違ったのが印象的。
[服を脱ぎ散らかす]関連。
ちなみに、小津安二郎作品『東京暮色』では、明子(有馬稲子)が脱ぎ散らかしたバンド(ベルト)を 孝子(原節子)が片付けました、念のため。
晩春は春の季語。4月も後半になると、暦の上では春もそろそろ終りという気分になる。晩春には、春が熟した大らかな気分がある。映画「晩春」での原節子と宇佐美淳のサイクリングを想起しますね。小津安二郎も俳句をつくつていました。
晩春の旅よりもどる壺かかえ 青柳志解樹
[部屋の壁に照明器具のスイッチあり]関連。
小津安二郎作品で ”それ” といえば『秋日和』。
秋子(原節子)と アヤ子(司葉子)のアパートの玄関口とか。
小津安二郎監督の「東京暮色」という映画の中で、笠智衆さん、原節子さん、杉村春子さんの会話にロシアのアムール州のブラゴベシチェンスクという地名が出てくるシーン。私は小津監督の戦後の作品の中で、この「東京暮色」が1番好きなのですが、公開当時は失敗作と言われ、散々な評価だったそうです。
小津安二郎展いってきた~
原節子見てるだけで泣きそうになるなァ
若年層から映画に親しんでいたので、小津を観たのは10年くらい前ですがその時に感じた気持ちが若さゆえというわけでもなく普遍的に自分の中で持続しています
ずっと大好きな監督のひとりです~すみません最近映画の話ばっか(^-^;
\1度はスクリーンで観ておきたい/
★本日13:15~
成瀬巳喜男監督
『めし』
昭和の日本映画界の至宝・原節子×加山雄三の父で戦前からのスター俳優・上原謙主演。倦怠期を迎えた夫婦のすれ違いを描いたホームドラマ。「妻」として生きる女性たちの生きずらさも描かれ、女性映画としても楽しめる1本。
一肌脱ごうかという純真可憐なマドンナ役に原節子を抜擢。当時、数え歳16歳の原節子は輝くばかりの初々しい美貌で一躍アイドル女優として注目されるようになる。夭折の天才監督山中貞雄の散逸を免れた3作品のうちの一つ。
小津安二郎監督『麦秋』
自分が見た小津安二郎監督作品の中で一番好きな映画。家族の穏やかな日常、結婚観、人生論、幸福論、コミカルなシーンなどがあって見ていて飽きない。
原節子さんの細やかな演技を見ていたくなる。
紀子の人生の決断。それが幸せなんだな〜。
小津安二郎監督『麦秋』
自分が見た小津安二郎監督作品の中で一番好きな映画。家族の穏やかな日常、結婚感、人生論、幸福論、コミカルなシーンなどがあって見ていて飽きない。
原節子さんの細やかな演技を見ていたくなる。
紀子の人生の決断。それが幸せなんだな〜。
@Yhtm0904 この映画は元々、新東宝で小津さんが田中絹代帰朝第一回作品として監督する予定だった❗️その時の配役は原節子、高峰秀子、入江たか子、佐分利信、上原謙、佐野周二っていう豪華版👀✨
田中絹代監督版でも、久我美子さんや次女役で高峰秀子さんも予定されてたそうです⁉️
当時のパンフレットから✨
@FelixM72990828 「虞美人草」(溝口健二) トホホな映画😢 デジカメで撮った写真もトホホ……😓 #古い映画好き #原節子様の写真が払底しています
@zZsrqatVXBZS7Fe @FelixM72990828 内田吐夢『生命の冠』1936年(『新潮45』付録DVDより)…サイレント版の短縮映像で「蟹工場哀話」の様なお話ですね。当時15歳、原節子様、唯一の台詞場面。
【映画の中の歴史】東京中央卸売市場(築地市場)。1952年の豊田四郎監督映画『風ふたゝび』でも原節子さんは、池部良さんが働く築地市場に。貨物の汐留駅からの貨物支線の汽車や汐留川の対岸の浜離宮庭園の風景。築地市場は2018年にかつてのエネルギー基地の豊洲に移転、鉄道輸送からトラック輸送に。
1940年の映画『女の街』。出征した夫を待つ妻(原節子さん)がおでん屋開店で嫉妬や軋轢が生じるが夫の帰還で誤解も解消。1935年に開場「築地市場」が登場。1923年公布施行「中央卸売市場法」、表向き公官の監督下の「貧困対策」の一環。移転先は鉄道輸送も重視で、汐留駅の隣に。原節子さんは安売り?
1940年の映画『女の街』。出征した夫を待つ妻(原節子さん)がおでん屋開店で嫉妬や軋轢が生じるが夫の帰還で誤解も解消。1935年開場の築地市場が登場。汐留駅近くに、輸送主役が舟運から鉄道に。1923年「中央卸売市場法」施行、貧困防止の社会事業の一環で官公の指揮監督下に。原節子さんが安売りに?
今年、小津の生誕120年にあたる。
本文中に、スーザン・ソンタグが出てきた。アメリカを代表する批評家で、原節子の大ファンなのは有名だが、ソンタグは原節子、高峰秀子、田中絹代の3人を「世界の映画史の中でも最も偉大な俳優の中に入る」、「原節子は、どんな作品でも上映したい」と述べている。
昨日3月25日は、京マチ子さんの生誕日(1924〜2019)。95歳。映画黄金期の5大女優(田中絹代、山田五十鈴、原節子、高峰秀子)の1人。代表作に「羅生門」「雨月物語」など。海外によく知られた女優(原節子、田中絹代)の1人であり、寅さん映画では唯一の歳上のマドンナ。生涯独身。
○綾瀬はるかの言葉 ー
…同世代の他の女優さんがどう思っているかは分かりません。でも、私は原節子さん、高峰秀子さん、お二人ともすごく好きなんです…共通しているのは、凛としていて、品がある。あの、映画女優としての独特の佇まいは憧れます。
@isunouenobosi @michi90896550 なんて素敵な🥲
原節子さん、笠智衆さんというキャストならではの空気感まで感じられるような台詞と場面ですね。
そういう映画観ると心が洗われそうです。
思わず調べてしまいました。
原節子さんの美しさは周知でしたが笠智衆さんもなかなかの美男子ですね。
お父さん役がまだ勿体無いほどです😊♥️
@PW83MXrT6pRMU49 黒澤作品「白痴」(1951年) 原節子様の役名が「那須妙子」😲 色々と使い回している写真ですが😓 #古い映画好き
戦後第一作は、原節子を主役とした映画だが、黒澤は「珍しく女が主人公になっているんだけど、やっぱりふつうのタイプのヒロインじゃない」と語る。自我の強い女性を描き、キネ旬第2位となる。この映画をみた大島渚や佐藤忠男らは、大きな衝撃を受ける。GHQの検閲官はこの映画を絶賛しパーティを開いた
夜中ネットサフィーンをしていたら(ダメ絶対)、とあるサイトで、とっつーこと戸塚祥太と、女優原節子が似ていると言われていて、すとんっ、と納得。数年前に原節子に魅了されDVDコレクションしました。美しい人。またゆっくり見返したくなりました✨
「晩春」で原節子と歩いて帰るシーンを初めてみたとき、帽子が似合い、西部劇に出てくるカウボーイあるいはガンマンのようであり、いいなと思った。TVで一時期、吉永小百合が彼を父親としたドラマがあり、これは吉永さんのリクエストであるが、原節子を意識していたように思える。枯れた父親像が素敵だ
成瀬巳喜男監督のめしを観た。
成瀬監督の映画に出てくる人物たちは何だか癖の強い人が多くて仲良くなれなそうな人ばかりである。ただ、そこに惹かれて面白がってる部分もある。
原節子の美しさが際立ち過ぎている。
この映画は浦山桐郎のデビュー作品。多くの評論家が述べるように、私もこの作品は吉永さんの代表作だと思う。いつも走っているイメージがある。東野英治郎のダメ親父ぶりが見事。菅井きんの存在感もあり。在日コリアンの友人ヨシエ(鈴木光子)がかわいい。この年11月、原節子は最後の映画公開を果たす。
外国人観光客に対して日本でインタビューを行う企画をよく見るが、日活の映画スターみたいな、というか石原裕次郎や原節子、小林旭じゃあるまいし、今どきこういう「~さ」「~わ」みたいな終助詞なんて誰が使うの?と思う。男性語、女性語みたいなものを強調しすぎ。何故そもそも敬体で訳さない?
小津安二郎&ウディ・アレン。
本日(3/3)のテレビ放送はありません。
ちなみに、小津作品で ”桃の節句” を連想するのは、『東京暮色』の孝子(原節子)と沼田(信欣三)の愛娘:道子(子役名:不詳)とか。
[ひな人形 関連]
声優の飯塚昭三さんが死去された。89歳。「千年女優」のアニメ映画で、引退した伝説の女優藤原千代子を取材した映画制作会社社長の立花源也を演じた。彼は千代子のファンであった。実際、飯塚さんは原節子のファンであったと、本人も今敏監督は述べている。
【映画の中の船(戦前編)】1940年の島津保次郎監督映画『光と影(前後編)』。原節子さんの叔父丸山定夫さんは大阪港から「ふじ丸」で南洋に向う、それを見送る原節子さん。「ふじ丸」は、近海郵船が1937年に竣工した台湾航路向けの新造船、1943年10月27日に米潜水艦の雷撃により奄美大島近海で沈没。
【映画の中の船(戦前編)】1940年の島津保次郎監督映画『光と影(前後編)』。原節子さんの叔父丸山定夫さんは神戸港から「ふじ丸」で南洋に向う、それを見送る原節子さん。「ふじ丸」は、近海郵船が1937年に竣工した台湾航路向けの新造船、1943年10月27日に米潜水艦の雷撃により奄美大島近海で沈没。
【映画の中の東京・坂道(戦前編)】1940年の島津保次郎監督映画『光と影(前後編)』。良家の令嬢(原節子さん)の”光”と男に捨てられた女給(竹久千恵子さん)の”影”の間で揺れる男(大日方傳さん)を描く。防疫官の大日方傳さんが仕事の途中で休憩する場面、京浜東北線沿いの田端~日暮里間の坂道。
『美はしき出發』、母も華道や百人一首などに興じ生活能力がない。その母役の水町庸子は1912年生まれ。当時27歳か。原節子は1920年、高峰秀子は1924年生まれだからまだ十代。水町は1941年に中川信夫監督『暁の進発』撮影中、急性盲腸炎を発症し死去。享年28(娘の水町瑛子は後に三木のり平と結婚)。
続いて今年6本目発券ですわー
日本名作映画鑑賞会
天神山文化プラザ1階ホール
35mmフィルムで観る昭和の女性スタア特集
めし
原節子主演
早稲田松竹『東京暮色』
生まれてこの方笑った事など一度も無さそうな顔した有馬稲子がすごい
終わり間際、原節子の慟哭に胸がつまされるも、負の連鎖を次の代にはつなぐまいとする決断と行動に胸がスッとする
この映画って女が「お酒ちょうだい」って言って男が「へいっ」て言って出すんだよね〜🍶


























